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    【友達と】片想いの人とした人生で一番気持ち良いセックス 【エッチ】




    久しぶりに台風がここの地方を直撃した。去年は一度も来なかったのに。

    幸い、恵理が結婚した夫と住んでいるこの家は小高い丘の上にあるため、川の増水による被害の心配はまずしなくていい。

    他にも殆ど自然災害というものを受けた事のない住宅街であるから、こういう時でも安心していられる。

    しかしこの暴風雨ではさすがに外に出歩くことはできない。

    買い物は行けないし、洗濯物も干せない、湿気が多いから部屋の掃除だってする気にはなれない。

    だから専業主婦である恵理は、夫が仕事で居ない間、家の中で何もせず、じっと台風が過ぎ去るのを待っていた。

    リビングで1人、紅茶を飲みながら窓の外を眺める。

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    凄い音。

    外では自然の力が猛威を振るっていて、その音が他の全ての音を掻き消している。

    聞こえるのは窓に雨が叩きつけられる音と、建物の隙間を勢い良く通り抜けていく風の音だけ。

    絶え間なく鳴り響くこの音の中では、きっとどれだけ大きな声を発しても、近所住民の耳にそれが届く事はないだろう。

    そう、聞えない。

    絶対聞えない。


    『大丈夫だよ我慢しなくても、ほら、外凄い音だし、絶対聞えないよ。』


    ボーっと外を眺めていた恵理の頭の中で、ある男の声が再生された。

    また、思い出しちゃった。

    恵理の脳内に録音されていたその声は、もう10年近くも前のもの。

    そろそろ忘れてもいいはずなのに、なぜかまだ残ってる。

    台風が来るたびに蘇ってくる、あの人の声。

    台風が来るたびに恵理はあの人の事を、あの日の事を思い出してしまうんだ。

    それは、恵理がまだ大学生だった頃の話。






    「おーい!奈々ぁ!早く開けてくれよぉ!」


    そんな声と共に、ドンドンドンというドアを叩く音が聞こえる。

    恵理の部屋のドアではない。

    隣の、奈々の部屋のドアを叩く音だ。

    そしてドアを叩きながら大声を出しているのは、その奈々の彼氏である橋川悠一郎だ。


    「あれ、いねぇのか?」


    悠一郎はそんな事を呟きながらまたドアを叩いて奈々の名前を呼んでいた。

    恵理はなぜ奈々が部屋から出てこないのか、その理由を知っていたが、しばらく放置したのち、しょうがないなぁと立ち上がり、自分の部屋から顔だけを出して奈々の部屋の前に立っていた悠一郎に声を掛けた。


    「奈々なら今日から実家に帰ってるから居ないよ。」


    悠一郎は恵理の声に反応して振り向くと、思い出したように目を丸くした。


    「あっ!そうか、そういえばそんな事言ってたな、今日からだったのか。うわぁ、しまった、メールすればよかった。」


    手を頭に当てて嘆く悠一郎。

    髪や服は雨のせいでずぶ濡れ状態、手にはコンビニの袋とレンタルDVDの袋が持たれていた。

    今日も奈々の部屋に泊まっていくつもりだったのだろう。


    「あ〜ぁ、どうしようかなぁ。」


    悠一郎は何やらわざとらしくそう言って困り果てたような表情をしてみせている。

    しかし恵理はそれを見ても、私には関係ないといった様子でそのまま顔を引っ込めてドアを閉めようとする。

    が、悠一郎はそんな恵理を慌てて引き止めた。


    「あっ!ちょ、ちょっと待って!」


    「何?」


    「冷たいなぁ、恵理は。」


    「え?何が?」


    「いやだって俺ずぶ濡れだし、この雨だよ?」


    「だから何よ。」


    「あれ、なんか怒ってる?」


    「別に……もう、だから何が言いたいの?」


    「いやこの雨だし、少しの間だけ雨宿りさせてくれないかなぁ……なんて。」


    「私の部屋に?」


    「そう、ダメ?」


    「……駄目だよ、そんなの。」


    「えーなんでさ?前はよく奈々と3人で恵理の部屋でも遊んでたじゃん。」


    「それは……前まではね。でも今は違うじゃない、その……色々と。」


    「あ、もしかして奈々に気を使ってるのか?そんなの気にしなくていいのに。俺が恵理の部屋に入ったからってアイツなんとも思わないぜ?確かに嫉妬深いところあるけどさ、恵理なら別だよ。俺達の仲じゃん。」


    確かにそうかもしれない。

    奈々は悠一郎から恵理の部屋で雨宿りをさせてもらったと聞いても、きっと心配も嫉妬もしないだろう。

    なぜなら3人は少し前まで凄く仲の良い友人だったから。

    男女の友情は成立しないなんてよく聞くけど、少なくともこの前までは成立していた。恵理はそう思っていた。

    同じ大学で知り合った3人。

    しかも偶然にも恵理と奈々は同じアパートの隣同士。

    だから悠一郎はよくこのアパートに遊びに来ていた。

    ある日は奈々の部屋で3人でゲームをしたり、ある日は恵理の部屋で鍋パーティーをしたり。

    男とか女とか関係なく、まるで兄弟姉妹のような。そう、確かに3人は親友と呼んでもいい程仲が良かった。

    しかし、その関係がある日を境に変わってしまった。

    いや、崩れてしまったと表現してもいいかもしれない。

    恵理は奈々から初めてそれを聞かされた時、確かに心の中の何かが崩れていくのを感じたのだから。






    「私、実はさ、悠一郎と付き合う事になったんだよね。」


    「……へ?」


    恵理は思わずマヌケな声を発してしまった。

    人間、脳が全く理解できない事を聞いてしまうと、こういうマヌケな声が口から出てしまうものなのかもしれない。


    「やっぱり、恵理には最初に伝えた方がいいと思って。」


    奈々は恥ずかしそうに顔を赤らめてそう言った。

    奈々のこんな顔、初めて見た。

    奈々はどちらかというと活発なタイプで、見た目は可愛らしいけど、中身は男っぽい性格というか、こんな嬉し恥ずかし恋する乙女的な表情をするところを恵理は見た事なかったのだ。

    だけど、意味が分からない。


    「え?え?どういう事?付き合うって……え?」


    「うん……だから、そういう事。」


    「奈々と悠一郎君が?」


    恵理の問いに、奈々は恥ずかしそうに小さく頷く。


    「ちょ、ちょっと待って、えーっと……ホントに?」


    「ごめん、驚いた?」


    「う、うん、驚いた。ていうか……」


    驚いたなんてもんじゃない。

    何かハンマーのような硬い物で頭を思いっきり殴られたような気分。

    だから、本当に訳が分からない。

    一生懸命頭で理解しようとしても、血の気がサーっと引いていくようで、頭に全く血液が回らず思考できない。

    そんな中で恵理は必死に思い浮かんだものを発していく。

    理解するための材料を奈々の口から聞き出さないと、パニックになってしまいそう。いや、もう半分はパニック状態。


    「そういう関係だったっけ?」


    「だよね、だって私自身驚いてるもん。まさか悠一郎の彼女になるなんて。」


    悠一郎の彼女、なぜかその言葉を聞いただけでも胸がグッと締め付けられて苦しくなる。


    「凄いビックリ……っていうか、ど、どうしてそんな事になったの?」


    仲の良い友人に恋人ができたと知らされた場合は、すぐに「わーおめでとー!よかったねー!」と言うのが普通なのかもしれないが、この時の恵理には奈々に祝福の言葉を送る余裕は無かった。

    どういう顔をしたら良いのかも分からなくて、口角の片方だけがつり上がって、笑っているのか怒っているのか泣きそうなのかが判別できないような変な顔をしていた。


    「あのね、詳しく話すと長くなるんだけど、たまたま悠一郎と2人で話してる時にそういう話になって」


    「そういう話って?」


    「だからその、恋愛の話に。それで色々と話しているうちにね、悠一郎が『じゃあ俺達も付き合ってみるかぁ!』って言ってきたから。で、付き合う事になっちゃった。」


    「付き合う事になっちゃったって……ていうかいつ?」


    「ほら、この前私の部屋で飲み会して、恵理がバイトで来れなかった時あったでしょ?あの時。」


    奈々の顔は終始笑顔で、嬉しそうだった。

    それはそうだよね、だって恋人ができたのだから。

    誰だって、恋人ができてすぐは浮かれてしまうものだし。

    でも、それでも理解できない。だって奈々はそんな素振り今まで一度も見せなかったんだから。

    目の前で女の子してる奈々の姿に、違和感があり過ぎる。


    「奈々って、悠一郎君の事好きだったの?」


    「うん。ていうかよく分からないけど、好きだった事に気付いたって感じかな。」


    「で、付き合ってみるかぁって、そんな軽い感じで付き合う事にしたの?」


    「ううん、ちゃんと言われたよ。その……悠一郎の気持ちを……。」


    「なんて?」


    「え〜!それも言わないといけないのぉ?恥ずかしいよぉ。」


    恵理からしてみれば、悠一郎にも違和感を感じてしまう。

    悠一郎が奈々に告白してる姿なんて、恵理には想像できなかった。


    「あのね、前から好きだったって、そう言われたの。」


    恵理はそこでまた頭をガツンと殴られた。

    衝撃でグラグラと目の前が揺れている。吐き気がしそう。


    そうだったんだ。

    好きだったんだ。

    悠一郎君は、前から奈々の事が好きだったんだ。

    知らなかった。

    全然気付かなかった。

    ずっといっしょにいたのに。


    「それで私も言われて気付いたっていうか……ほら、よく言うじゃない、相手が近過ぎて自分の気持ちに気付けないって。たぶんそれだったんだと思う、私。だから、うん、付き合う事にしました、はい。」


    そして奈々は最後に、「以上、私からの報告でした。」と締めくくった。


    「お、おめでとう。」


    ここまできてやっと恵理の口からその言葉が出た。

    祝福の気持ちを込めることなんかできない。ただ、フワフワした気持ちで、とりあえず言わないといけないと思って言ったという感じ。


    「ありがとう。あーもう、なんかやっぱり恵理にこういう話するのって恥ずかしいね。しかも相手が悠一郎だし。」


    今日は大事な話があるというから何だろうと思っていたら、まさかこんな事になるなんて。

    その後も奈々はテンション高めで悠一郎の事を話し続けていたけれど、恵理は正直よく覚えていない。

    適当に会話を合わせながら、ずっと笑顔の奈々を眺めていた。

    奈々、凄く幸せそう。

    親友の奈々がこんなに嬉しそうなんだから、私も嬉しいはず。

    でも、どうしてだろう。

    どうして私はこんなにも動揺しているんだろう。





    悠一郎と奈々は付き合いだしてからも今まで通りに恵理に接してきた。

    2人は恵理の部屋にもよく遊びに来ていたし、食事にも3人で行ったり。

    しかし、それは長くは続かなかった。

    少しずつ距離を置き始めたのは恵理の方からだ。

    当たり前といえば当たり前。

    恵理が2人に気を使わずにいれるはずがない。

    悠一郎と奈々は恵理の前では全く以前と同じ態度、3人の関係は平等、同じ距離感を保っているように見える。

    しかし恵理がいなくなって2人きりになった途端に、その距離は一気に縮み、ラブラブのカップルに切り替わるんだ。

    それを想像するだけで、何か自分が邪魔者であるような気がしてしまう。

    悠一郎と奈々は恵理の事を邪魔者だなんて思っていないのだろうが、恵理がそう思ってしまうのだ。

    私、邪魔じゃん、と。

    だから恵理は2人からの誘いを何かと理由を付けて断るようになっていった。

    奈々は恵理と3人でいる時の方が楽しい!なんて言ってくるけれど、それは違うでしょ。

    恋人同士が2人きりでいる時と、友達とワイワイやってる時の楽しいは、全く意味が違うのだから。

    恵理だって、今までに男性と付き合った事くらいはある。だからそれはよく分かるんだ。

    いいよもう、2人で仲良く幸せな道を歩んでいってよ、私は私で他の道を進んでいくからさ。

    そんな少し投げやりな気持ちになる。

    いや、実際それしかないでしょ、と恵理は思っていたのだが、現実はそう簡単にはいかなかった。

    なぜなら、恵理と奈々は同じアパートで隣同士の部屋に住んでいるのだから。

    距離を置こうと思っても、物理的な距離は近いまま。

    あからさまに避けない限り、毎日顔を合わせてしまう。

    いっその事引っ越そうかななんて思ってみたりもしたが、それは無理。

    このアパートの家賃を全て親に払ってもらっている恵理、なんて説明したらいいのか。

    正直に話しても許可が出るかは微妙だし、そんな恥ずかしい話はしたくない。

    ストーカーに狙われてて、なんて言ったら引っ越させてくれるかもしれないが、この歳になって親に嘘をつくのにも抵抗がある。心配もするし。

    だから残りの大学生活、このアパートで暮らすしかない。

    隣同士で何か問題があるの?と聞かれれば、大いにあった。

    それは悠一郎と奈々が付き合いだして2ヶ月程が過ぎた頃からだった。

    恵理の部屋まで聞こえてくるのだ。2人のあの時の声が。

    男女の付き合いをすれば誰でも必ずするあれの事。

    最初の頃はホテルを使っていたようだったけれど、なにせ2人はまだ学生でお金がない。

    悠一郎の部屋に行けばいいのにって思ったけれど、よく考えたら悠一郎は大学が提供している激安男子寮に住んでいて、寮は異性の連れ込み厳禁だったからそれができなかったのだろう。

    しかしそれは恵理にとっては迷惑な事だった。

    微かに聞こえるとかそういうレベルではない、まさに丸聞こえ。

    このアパートってこんなに壁薄かったっけ?

    そういえば前はよくテレビ番組なんか見てると奈々からメールで『恵理今〇〇見てるでしょ〜?私もそっち行って一緒に見ていい?』などときて、こっちの部屋によく遊びに来てたっけ。

    あの時はプライバシーとかそんなに気にならなくて楽しかったから良かったけれど、今となっては問題あり。

    どれだけ薄いのよ!ベニヤ板一枚かよ!ってくらい聞こえる。

    しかし恵理はそれに対して親しい友人らしく『も〜ちょっとぉ!聞えてるんですけどぉ!』と笑いながら突っ込む事などできなかった。

    だって、ショックだったから。

    あ〜、2人は男と女として本当に付き合ってるんだな、私は1人になってしまったんだなと実感して、なんだか同時に2人の友達を一気に失ってしまったようで、ショック。


    それだけ?

    本当に1人になったと思うの?関係が変わったといっても2人が自分にとって友達である事には変わりはないのに。

    分からない。

    どうして心から2人を祝福できないのかが、自分でも分からない。

    隣から聞えてくる、男と女の声、息遣い。

    いや、特に恵理の耳に届いていたのは男の方の声、悠一郎の声だった。

    そう、恵理は初めて聞く悠一郎の男の声にショックを受けていたのだ。

    そしてそこで恵理は気付いてしまったのだ。

    2人が付き合っていると聞いて、どうしてあんなにも動揺してしまったのかを。

    その悠一郎の声を聞いて、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのかを。


    奈々の言葉を思い出す。


    『好きだった事に気付いたって感じかなぁ。』


    苦しかった胸が、一気に熱くなった。

    そうか、好きだったんだ、私も。





    『ハァ……ハァ……』


    その熱の篭った息遣いに、いつも身体が反応してしまう。

    さっきまで楽しそうな笑い声がしていて、急に静かになったと思ったら、しばらくしてからその吐息の混じった声が聞こえてきた。

    そして同時に鳴り始める、ベッドがギシ……ギシ……と軋む音。

    今日も始まった。

    この薄い壁の向こうで、悠一郎と奈々は今まさにSEXを始めたのだ。

    恵理は1人、明かりを消した薄暗い自室でその声や音に聞き耳を立てる。

    布団の中に入り、目を閉じて、集中して聞く。

    本当はこんなの聞きたくないはず。

    自分の中に存在していた、悠一郎への想い。

    それに気付いてからは、ただただ悲しかった。

    隣から2人の楽しそうな声が聞こえてくる度に苦しくて、涙がこぼれた。

    そして心の中に生まれる、嫉妬という感情。

    苦痛だった。

    それなのに、なぜか聞こえてくる声に耳を傾けてしまっている自分がいた。

    知らず知らずの内に聞き入ってしまう。

    悠一郎の声に、夢中になってしまう自分がいた。

    今までは意識してこなかったけれど、今ではハッキリと分かる。

    私は悠一郎の声が好き、と。

    あの普段聞かせてくれる、カラッとして明るい声が好き。

    そして壁の向こうから聞こえる、男らしい声と息遣いにもウットリしてしまう。

    なんというか、悠一郎の声や息遣いは、とてもセクシーだった。

    その声に胸の奥をギュッと掴まれて、頭の中がピンク色に染まっていく。


    『ん……はァ……あっあっあっ……』


    奈々の喘ぎ声。

    普段の奈々の口からは聞いた事ないような色の声。

    感じてるんだ。

    声を抑えようとしているけど、それでも気持ち良くて漏れてしまう、そんな感じの声だった。


    『あっあっダメッ……ハぁンッ!ンッあっあっあっ!はァアアア!スゴイ……あっあっ……』


    ギシギシギシギシッ……!!


    音も声も、段々と激しくなっていく。

    こちらまで震動が伝わってきそう。

    奈々は大分快感を感じているようで、切羽詰った感じであられもない喘ぎ声を発していた。

    恵理にもSEXの経験はあるが、こんな声は出したことがない。


    悠一郎君って、エッチ上手なのかな。


    悠一郎の、卑猥な妄想で頭の中が埋まっていく。

    そして布団の中で恵理の右手は自然と下着の中へと移動していった。


    濡れてる。


    グッショリと、自分でも驚くくらいに。


    「ん……」


    自分の愛液で指を濡らし、敏感な部分を刺激する。

    自慰行為、マスタターベーション、オナニー。

    恵理は元々それを滅多にしないタイプだった。

    したとしても数ヶ月に一度するかしないか程度。

    だから自分ではそれ程性欲が強いとは思っていなかった。

    でもこうして奈々の喘ぎ声の隙間から聞こえてくる悠一郎の息遣いと、恐らく悠一郎が腰を動かしている事で揺れているであろうこの震動を感じると、どうにも我慢できなくなってしまう程の性的欲求が湧いてきてしまう。


    『あっあっあっ……ハァアア……イク……アアッ!』


    奈々が果てる。

    その後にベッドが軋む音も止まって、悠一郎も果てた事が分かる。

    そしてそれと同時に恵理の手の動きも止まる。

    恵理だけがイけない。絶頂無き自慰行為。

    自分1人ではなかなか達する事ができないから、もどかしい。


    行為が終わって、隣からはまた2人の話し声が聞こえてくる。

    いつも終わった後の奈々は、甘えん坊さんのような声で悠一郎と話してる。

    それを聞いて、恵理は途轍もない虚しさを感じ、憂鬱になった。

    あぁ、病んでしまいそう。

    でもオナニーは止められなかった。

    悠一郎は週に何回かは必ず奈々の部屋に泊まりに来る。

    その度に2人は身体を重ね、そのすぐ隣、壁一枚を挟んだだけの空間で、恵理も同時にオナニーを繰り返していた。

    切ないし、悲しいけど止められないという、なんだかある種の依存症のようになってしまっていた。

    性的快感の気持ち良さをこのオナニーで生まれて初めて知ったから、というのもあるかもしれない。

    悠一郎の事を想いながらの1人エッチは気持ち良い。

    しかし身体を自分で慰めていても、心だけは消費されるように日々痛々しく削られていくのを感じていた。

    だから心はボロボロ。

    もう限界かもしれない。


    でもどうしたらいいの?

    なんだか全てが嫌になって、逃げ出したくなる。

    親が許してくれる訳がないけれど、大学さえ辞めたいと本気で思い始めていた。

    恵理の心はそこまで追い詰められていたのだ。

    しかし丁度その頃だった、あの台風が来たのは。

    そしてあの夜を迎えたのだ。





    「とにかく、ダメなものはダメ。」


    恵理は目の前で困り果てたような表情を見せる悠一郎を再び突き放した。


    「そ、そんなぁ、俺にこの雨の中帰れっていうのか?」


    「じゃあ、傘貸してあげようか?」


    「傘なんて意味ねーよ、こんな暴風雨じゃ。」


    しかし悠一郎も引かない。

    それもそうか、こんな嵐の中に飛び込んで行くのは誰だって嫌だと思う。

    それに友人が困っていたら雨宿りくらいさせてあげるのが普通だと思う。

    でも、今の恵理ははい、どうぞと簡単に悠一郎を部屋に入れる訳にはいかないのだ。

    なんだか、以前のように気軽に部屋に入れてしまったら、ここ最近で少しずつ心の中に積み上げてきていたある種の壁が一気に崩壊してしまいそうで怖かったから。

    悠一郎に対する壁。

    仲が良過ぎた友達という関係から距離を置いて、普通の友達になるための壁。


    「いやマジで、雨が弱まったら出て行くからさ、恵理頼むわ。この通り。」


    改めて頭を下げる悠一郎。

    悠一郎が着ている服はすでに雨で濡れてしまっているし、本当に寒そうだ。

    根は優しい性格である恵理に、これを断る事は難しかった。

    風邪でも引いたら可哀想だし。


    「……もう、仕方ないなぁ。」


    「お、いいの?ありがとう!マジありがとう!」


    粘り勝ちした悠一郎は表情をパアっと明るくして恵理にお礼を言った。

    そして悠一郎のその笑顔に恵理は内心ドキっとする。

    この笑顔は今の恵理にとっては危険だ。あまり見ないようにしないと。


    「ほ、ホントに、少しの間だけだからね。」


    「あぁ、雨が弱まるまでな。」


    そう言いながら玄関で靴を脱ぎ始める悠一郎。

    雨が弱まるまでって、これから台風が近づいてくるというのに、今晩中に雨風が弱まる可能性なんてあるのだろうか。

    恵理は小さくため息をついてドアを閉めた。

    これで悠一郎と2人きり。

    本当によかったのかな。


    「おじゃましまーす。」


    悠一郎は遠慮なく恵理の部屋に入っていく。


    「あーもう、靴下濡れてるでしょ。」


    靴の中まで濡れていたために、悠一郎が歩いていく場所には濡れた足跡が付いていた。

    部屋に入って明るい場所で改めて見ると、本当に悠一郎はずぶ濡れ状態なのだという事が分かる。

    シャツは肌にピッタリ張り付いていて、水分を吸ったジーンズは重そうだ。


    「ごめん、脱ぐわ。ていうか着替えある?これ全部乾かしたいんだけど。」


    「え、着替え?」


    「前に大きめのジャージ貸してもらった事あるじゃん?あれでいいよ、恵理の元彼が着てたとかいうジャージ。」


    図々しい奴。

    でもその何の隔たりも感じさせない遠慮の無さが悠一郎の良さ、って前までは思ってた。

    図々しいくらい何でも言ってくれた方が、私達は気心知れた仲なんだと思えて嬉しかったから。

    ううん、本当は今でも嬉しいって思ってる。自分の中にあった悠一郎への思いに気付いた今でも。

    でも、そんな嬉しがってる自分が嫌。だって苦しいだけだから。


    「でさ、服と靴下は洗いたいんだけど。たぶんこのまま乾かすとすげぇ臭いと思うんだよね。」


    部屋が汗臭くなるのは勘弁してほしい。

    だから仕方なく悠一郎の濡れた服を受け取って洗濯機に放り込む恵理。

    これも嫌。

    自分の洗濯機に何の抵抗もなく悠一郎の服や汚い靴下を入れてしまえる自分が嫌。

    きっと他の男の服だったら、気持ち悪くて入れられない。

    洗濯機を動かし始めて部屋に戻ると、そこにはすでにパンツ一丁になっている悠一郎がいて、恵理はそれを見て思わず顔を赤くしながら目を逸らした。


    「ちょ、な、なんでそんな格好してるのよ!」


    「いやだって、ジーパンも乾かさないと。」


    「わ、分かったから、早くジャージ着てよ。」


    ジーンズを受け取った恵理は、代わりにクローゼットから出した元彼のジャージを悠一郎に投げつけた。

    悠一郎はこうやって見ると妙に男らしい身体をしていたりするから困る。

    身長は高いし、余計な脂肪が殆ど無いような引き締まった身体してるし、肌もやたらと綺麗だし。

    奈々との性行為を盗み聞きしてしまっている恵理にとっては尚更、悠一郎の裸姿は刺激が強かった。

    ああ、この身体に奈々は抱かれているんだ。なんてどうしても考えてしまう。

    そして悠一郎の、あのセクシーな声を思い出して身体が熱くなる。


    「はい、タオル。」


    「サンキュー。」


    悠一郎の濡れた頭にタオルを掛けると、恵理はキッチンでお湯を沸かしてお茶を入れ始めた。

    至れり尽くせり。

    元々世話好きな所があるからなのか、なんだかんだで悠一郎の冷えた身体を温めてあげたいと思っている自分がいた。





    「奈々に連絡しなくてもいいの?」


    「え?あぁ、別にいいって、いちいち報告しなくても。」


    出されたお茶を口にしながら悠一郎はそう答えた。


    「ダメだよ、そういう事はちゃんと言わないと。」


    「いいっていいって、奈々は別に細かい事気にしないから。」


    「でも……。」


    カップルにもそれぞれスタンスというものはある。

    もしかして悠一郎と奈々は、いちいち今自分がどこで誰と居るだなんて、報告し合わないカップルなのかもしれない。

    奈々の知らない所で自分が悠一郎と2人きりになってしまっているというのは、やっぱりなんだか心苦しい気もするが、悠一郎が連絡する必要なんてないと言うのなら、それ以上恵理からは何も言えない。

    2人の間の事に、口を出す権利なんてないのだから。


    「それよりさ、映画でも見る?借りてきたんだけど。」


    悠一郎は持ってきていたレンタルDVDの袋を恵理に向かって持ち上げて見せた。

    おそらく奈々と見るつもりだった映画なのだろう。


    「これを酒でも飲みながらさ、どう?つまみも買ってきたけど。」


    そう言って今度はコンビニの袋からビールやチューハイをテーブルの上に出して見せる悠一郎。

    どうって言われても。


    「こういう大雨の時とか台風の時は部屋の中でひっそり映画を見るのが一番だろ?」


    確かに。

    ていうか特にやる事もないし、このままずっと2人きりの部屋でじっとしているのもなんだか気まずい。

    こんな状況で悠一郎とどういう話をすればいいのかとか、分からないし。

    映画に集中していれば会話しなくてもいいし、余計な事とかも考えずに済むから楽かも。


    「別にいいけど。」


    「よし、じゃあ決まりな。」


    「何借りてきたの?」


    「バニラ・スカイってやつ。見た事ある?」


    「ううん、誰が出てるの?洋画?」


    「洋画だよ、トムクルーズとキャメロンディアスが出てるやつ。」


    トムクルーズ。

    あぁそういえば奈々が好きだったっけ、トムクルーズ。

    悠一郎が小さいテーブルの上に結構な量と種類があるつまみと、お酒を並べていく。

    そして恵理はDVDを再生できるように準備する。

    こういう映画、酒、つまみ、というセットがワクワクするのはなんでだろう。


    「恵理って映画見るとき部屋暗くする派?」


    する派。

    でも今日はたぶん駄目な気がする。

    恋人ではない男女が2人きりになっているだけでもあれなのに、部屋を暗くするなんて。


    「あ、明るくていいよ、今日は。」


    「いや、映画は絶対暗くした方いいって、雰囲気でるし。暗くするよ?」


    じゃあなんで聞いたのよ。

    結局自分の意見を押し通した悠一郎はシーリングライトのスイッチを切って部屋を暗くした。

    悠一郎にはこういう所がある。

    少し自己中心的っていうのか、でも良く言えば優柔不断タイプじゃないから、女の子からすれば引っ張っていってくれるような気がしないでもない。

    2人はソファに並ぶように座って、暗い部屋の中で煌々(こうこう)と光るテレビ画面を見つめた。

    このソファ、1人暮らし用であるから、どうしても2人の距離が近くなってしまう。

    これが恋人同士だったらピッタリくっ付きながら映画を観たりするのだろうが、恵理と悠一郎はそういう訳にはいかない。

    それを気にして、できるだけソファの端に座る恵理。

    しかし横にいる悠一郎はそんな事あまり気にしていないようだった。


    「ちょっと寒くね?」


    悠一郎はDVDの再生開始ボタンを押す前にそう口を開いた。

    確かにソファに座っていると手足が冷える。恵理は冷え性だったりするから尚更。


    「うん……。」


    「なんか掛ける物とかある?俺は我慢できるけど、恵理寒いだろ?」


    こういう時はベッドから掛け布団を持ってきたりするのだけれど、ちょっと迷う。

    暗くした部屋、1つのソファに座った男女、布団、というキーワードを並べると、なんだか危険な香りがするから。

    でも人間、寒さには勝てない。

    冷えた手足で映画を見ていても楽しめないだろうし。

    恵理は仕方なくベッドから掛け布団を持ってきて自分の腰から下に掛けた。

    すると案の定


    「やっぱ俺も借りていいか?」


    「えっ」


    悠一郎は恵理の答えを聞くまえに布団を半分持っていってしまった。

    布団のサイズ上、2人で分けるには距離を少し縮める必要がある。2人で引っ張るように使うと隙間が開いて寒いからだ。

    しかし恵理の方からは動こうとしない。自分から悠一郎の方に近寄るのには抵抗があったから。

    すると悠一郎が腰を動かして恵理の方に近づいてきた。

    肩触れ合いそうなくらい近い。

    これで暗い部屋の布団の中で身を寄せ合う男女の完成。

    映画を観るなんてあっさり決めちゃったけど、いいのかな、この状況。






    勘違いしてた。

    トムクルーズといったらミッショインポッシブルくらいしか観た事がなかったから。

    それにキャメロンディアスってあのチャーリーズエンジェルの人でしょって程度にしか知らなかったから。

    そのトムクルーズとキャメロンディアスが共演してるんだから当然バニラスカイってタイトルからして気分爽快になるようなアクション映画だろうと、勘違いしてた。

    思った以上に濡れ場というか、SEXのシーンが多い。

    決してイヤらしい映画ではないし、そういうシーンを見たからといって顔を赤らめたりキャーキャー騒ぐ年頃でもない。

    正直、一人で見ていれば何とも思わないシーンなのだけれど、隣に悠一郎がいるとなんだか凄く気まずい。

    トムクルーズが懸命にベッドを揺らしている映像を、ド真面目な顔で眺める二人。

    トイレに行くフリでもしてこの場から立ち去りたい。けどそれをしたら変に意識しているみたいに思われそうだからできない。

    早く!早く次の場面に切り替われ!

    恵理がそんな事を念じていると、隣の悠一郎が突然口を開いた。


    「酒でも飲むかぁ。」


    「え?」


    「恵理も飲むだろ?」


    「……うん。」


    悠一郎はテーブルの上に置きっぱなしだった缶ビールと缶チューハイに手を伸ばし、缶チューハイを恵理に渡した。

    いくつかのつまみを口の中に放り込んでビールをグビグビと飲む悠一郎。

    恵理もソファの上で体育座りになって身体を小さくすると、缶チューハイに口を付けた。

    お酒は好きだけど、アルコールには弱い体質の恵理。

    一口飲んだだけで身体が中からポッと温かくなって、飲み続けていたらあっという間に頭がボーっとしてきた。

    そして恵理はほんのりピンク色に染まった顔でそっと隣に顔を向ける。

    悠一郎の横顔。

    最初は目を動かして何度かチラっと見るだけ。

    でも悠一郎が映画に集中していてそれに全く気付いていない事が分かると、気付いた時にはじっと悠一郎の横顔を見つめてしまっていた。


    こうやって見ると、悠一郎はやっぱりカッコイイ。

    たぶん一般的に見て、所謂イケメンの部類に入ると思う。

    スッと鼻筋が通った整った顔立ちをしているし、肌もニキビ1つ無くて綺麗だし。オマケに背も高いし。

    よく考えたら悠一郎ってモテるだろうなぁ。

    いつも3人でいる時の悠一郎しか奈々は知らなかった。

    だからバイト先とか、知らない所で悠一郎に言い寄ってくる女の子は多かったのかもしれない。

    いや、普通に考えてこの顔で、男女関係なく気軽に話ができるような男がモテない訳がない。

    でも悠一郎自身は恵理の前でそういう話はした事がなかったし、微塵もそういう雰囲気を出していなかった。

    だからきっと心のどこかで安心していたんだと思う。

    悠一郎は誰かの所に行っちゃったりはしないって、何の根拠もないのに思い込んでいたんだ。


    「……。」


    恵理はトムクルーズの映画に引き込まれる事はなく、途中からは殆ど見ていなかった。

    その代わりに悠一郎の横顔に夢中になる。

    どれだけ見つめていても飽きが来ない。

    このままずっと、きっと何時間でも見つめていられる、そんな気さえする程。

    ソファの上で2人で分けている布団の中が温かい。

    この温かさは自分の体温でもあり、悠一郎の体温の温かさでもある。

    なんだかヌクヌクしてとても心地が良い。

    お酒が回っている気持ち良さとその温もりが、恵理の心を溶かしていく。


    「……悠一郎君……」


    横顔を見つめながら無意識の内に悠一郎の名を小さな声で呟いてしまった恵理。

    言ってしまってから自分でハッとした。


    「ん?なんか言った?」


    「う、ううん!な、何でもないよ。」


    恵理は顔を真っ赤にして慌ててそう返事をした。

    部屋が薄暗いから恵理の顔色は分からなかったのだろう、悠一郎はそれを気にする事なく再び画面に目を向けた。

    しかし恵理の胸の高鳴りは止まらなかった。

    溶け始めた心がドキドキと熱くなっていく。

    2人きりで、すぐ隣に悠一郎がいる。恵理はその状況を再認識した時、ある種の興奮を感じてしまっていた。

    少し布団の中で手を伸ばせば悠一郎に触れる事ができる。

    本当は悠一郎の方に傾けるようにして身を寄せたい。

    悠一郎君と手を繋ぎたい。

    ギュって抱きしめられたい。

    もし悠一郎にそうされたら心が全部溶けきって、その中に詰まった苦しい想いを全部曝け出してしまうだろう。恵理自身、それは分かっていた。

    だから心も身体も磁石のように悠一郎に引き寄せられるけれど、それをギリギリのところでなんとか我慢する恵理。

    それは決してしてはいけない事だし、できない。

    だって悠一郎君は奈々の彼氏なんだから。

    これが友達としての限界の距離感。これ以上近づく事は恵理の方からはできない。





    いつの間にか映画はエンドロールに入っていた。

    隣で悠一郎が「んあー」と言いながら身体を伸ばす。


    「なーんかよく意図が分からない映画だったなぁ。恵理面白かった?」


    「え?ん〜私もよく分からなかったかも……。」


    よく分からないもなにも殆ど見ていなかったから。

    恵理がずっと見てたのは悠一郎の横顔。ホントにあっという間の時間だった。

    悠一郎がソファから立ち上がって部屋の明かりを点ける。

    蛍光灯の光に、眩しそうに目を細めながら悠一郎の後ろ姿を見上げる恵理。

    やっぱり背が高い。丈が足りてなくても元彼のジャージがぱっつんぱっつんだ。

    好きなタイプは高身長の人、なんて事はないけれど、好きな人の背が高いならそれはそれで1つの魅力になる事は間違いない。


    「雨、まだ止んでないみたいだな。」


    悠一郎は窓の外を眺めてそう呟いた。


    「うん。」


    雨だけではなく風もまだ強い。

    これでは悠一郎はまだ外には出られないだろう。


    「もうちょっと居てもいい?」


    「……別にいいけど。」


    時計の針は10時を指している。

    12時までに雨が弱まったらその時に帰ってもらえばいい。

    もし12時を過ぎても雨が強かったら、その時は可哀想だけど無理やりにでも部屋から出ていってもらわないと。

    さすがにそれ以上は奈々に悪い気がするから。いくら悠一郎が気にしなくていいって言ってもけじめは付けないと。



    「じゃあさ、これ2人で飲んじゃうか。映画は終わったしやる事ないし、飲むしかないな。」


    悠一郎はテーブルの上にまだ残っていたお酒を見てそう言った。


    「え?これ全部?」


    2人で飲むには結構な量だ。

    恵理は缶チューハイを1本空けただけだが、それだけもすでに随分とアルコールが回ってる感覚がある。


    「ゆっくり飲んでいこうぜ、話でもしながらさ。」


    「話?」


    「ほら、なんか恵理と話すの久しぶりじゃん?」


    「……そうだけど……。」


    悠一郎は笑顔で缶チューハイを恵理に渡してきた。


    「私、あんまり飲めないよ。」


    気が進まないような表情で恵理は缶を受け取ったが、内心では悠一郎が話をしたいと言ってきた事が嬉しかった。

    ソファに座ってひざ掛け用に持ってきた布団の中に悠一郎が戻ってくる。

    2人並んでお酒をちびちび。

    そして悠一郎が最初の話を振る。


    「なぁ、恵理って飯山に彼氏できたの知ってる?飯山佳子。」


    「え?佳子に?知らない知らない、そうなの?最近?」


    佳子は2人と同じ大学の友人だ。恵理とはサークルが同じで悠一郎とは学部が同じ。


    「俺は先週くらいに聞いたんだけどな。相手、誰だと思う?」


    「えー分かんない、誰?」


    「柴田だよ柴田、意外だろ?」


    「えー!うそぉ、柴田君とぉ?ていうかあの2人仲良かったんだっけ?」


    「俺達が見てない所では仲良かったみたいだな。もうさ、男達の間じゃ結構衝撃だったんだよ、ほら柴田ってどっちかって言うと暗いだろ?顔も性格もさ、いつも猫背だし。で、柴田に彼女ができた事自体驚きなのに相手があの飯山だからな。ここだけの話、飯山狙ってる奴って結構いたから。」


    「へぇそうなんだぁ、確かに柴田君は意外だね。」


    「しかもさ、もっと驚くのはどうやら飯山の方かららしいんだよ、告白したの。」


    「えー!佳子の方から?ビックリだね。佳子って男の子から告白される事はあっても自分からするような子じゃないと思ってたんだけどなぁ、いつも受身だし。可愛いから自分から行かなくても寄ってくるって感じで。」


    「だよな。だからマジで柴田の何が良いのか分からないって皆言ってるよ。美女と野獣っていうか美女と昆虫?柴田って昆虫顔だよな。」


    「フフッ、でも私柴田君と話したことあるけど優しい人よね。私達が知らない魅力があるのよきっと。佳子が自分から告白したって事は相当好きなんだろうし。」


    「それにしたってショックだよなぁ、あの飯山を柴田に持って行かれるなんて。」


    とても残念そうに悠一郎がそんな事を言うもんだから、恵理はすかさずツッコミを入れる。


    「ちょっと待って、可愛い佳子に彼氏ができて泣く男の子が多いのは分かるけど、どうして悠一郎君がショック受けてるのよ。」


    「は?どうしてって言われても実際ショック受けてるから仕方ないだろ?飯山って俺も前から可愛いって思ってたからさ。」


    「いやだって、悠一郎君には奈々がいるじゃない。」


    恵理のその言葉を聞いて悠一郎が笑う。


    「あー恵理は分かってないなぁ、男ってものを。たとえ彼女がいても周りにいる可愛い女の子が他の奴に持っていかれるのは嫌なんだよ男は。」


    「な、なにそれ……そんなの悠一郎君だけでしょ?っていうか奈々がそれ聞いたら絶対怒ると思うけど。」


    「ハハッ怒るだろうな、アイツは。変に嫉妬深い所あるし。」


    笑ってる悠一郎を少し軽蔑するような目で見る恵理。

    前々から少し感じてたけど、やっぱり悠一郎君ってそういうタイプなんだ……

    そういうタイプというのは、つまり話題に出た柴田のような男とは逆のタイプ、という事。

    男性は大きく2つのタイプに分かれるのだと恵理は前にどこかで聞いた事があった。

    女性と話すのは基本的に得意ではないけれど、一途で真面目で優しいタイプ。

    逆に女性と話す事に慣れていて、一緒にいると楽しいけれど、浮気とかを常に心配していないといけないタイプ。

    もちろん中には女性の扱いにも慣れてて一途な男性もいるだろうが、一般的にそういう分け方ができる事が多いらしい。

    そして悠一郎は恐らくその後者なのだろう。


    10


    「悠一郎君って高校の時女の子にモテたでしょ?」


    「さぁ、どうだろうなぁ、そんなにモテてないと思うぞ俺は。」


    「絶対ウソ。」


    「なんでそう思うんだよ、そんなに俺って魅力的か?」


    「そ、そういう訳じゃないけど!……なんとなく。」


    悠一郎の返しにしまったと思い恥ずかしそうに下を向く恵理。

    心の中を見透かされたくない。


    「それより恵理はどうなんだよ、彼氏作らないのか?」


    「私?私は……」


    「恵理なら彼氏の一人や二人、すぐにでも作ろうと思えば作れるだろ?」


    「そんな物みたいに簡単に作れる訳ないでしょ。」


    「だって恵理って何気に男からモテるだろ?」


    「はぁ?モテないよ全く。どうしてそう思うの?フフッ、そんなに私って魅力的?」


    少し悪戯っぽく笑みを浮かべながら、先ほどの悠一郎と同じような返しをしてみせた恵理。

    しかしそれに対する悠一郎の返事は意外なものだった。


    「うん、恵理は普通に可愛いし。」


    ……えっ?……


    男の子に面と向かって可愛いだなんて今まで殆ど言われた事がなかった恵理はその言葉に大きく動揺した。

    しかもそれを密かに想いを寄せる悠一郎から言われてしまった訳で、その動揺は隠せない。

    胸がキュンと苦しくなって顔が一気にカァっと熱くなる。

    でもお酒で元々赤くなってたから悠一郎はそれに気付かなかったかもしれない。


    「ハハッ、もー……悠一郎君ってどの女の子にもそういう事言ってるんでしょ?なんか言葉が軽いもん、あーヤダヤダ、そうやって女心を弄ぶんだ。」


    「いやいやそんな事ないし、本当だって。恵理は可愛いって俺の周りにいる男は皆言ってるよ。俺もそう思うし。」


    恵理が赤くなった顔を手で扇ぎながら冗談っぽく済ませようとしたのに、悠一郎は真顔で言ってくるから困る。


    「ていうか本当に彼氏作るつもりないのか?」


    ……どうして悠一郎君が私にそんな事聞いてくるのよ!……


    内心涙目で思いながらも恵理はそれに無言で耐える。


    「恵理だってさぁ、彼氏欲しい時くらいあるんだろ?」


    「それは……まぁ……」


    「だろ?だったら早く作った方が良いって。恋人のいない大学生活なんて後から振り返ってみても悲しいだけだぞ。」


    何言ってるのこの人。なんで上から目線なの?

    失恋の苦しみとその相手への怒りが入り交ざって心の中がグシャグシャになる。


    「……悠一郎君には関係ないじゃん。」


    でも今の恵理には怒り口調でそんな言葉を返すのが精一杯。


    「俺は心配しているんだよ、恵理の事を。」


    心配なんてしてほしくない。もう私の事なんて忘れちゃえばいいのに。

    怒りの次は自暴自棄になる。

    何気ない悠一郎の言葉が恵理の心を掻き乱していた。


    「恵理さ、今好きな奴とか気になる奴とかいないの?」


    それを聞いて恵理は少し黙り込んだ後、じっと悠一郎の顔を見つめた。

    いや、見つめるというより睨み付けると言った方がいいのかもしれない。


    「な、なんだよ。」


    睨まれて少し顔を怯ませる悠一郎。

    やはり悠一郎には恵理に睨まれる理由が分からないらしい。

    恵理はそれから目線を外して向き直ると、半分程残っていた缶チューハイをグビグビと一気に飲み干した。

    そしてテーブルに空になった缶を置くと、小さく口を開いてこう呟いた。


    「……いるよ。」


    「えっ!マジで?誰?」


    悠一郎はかなり驚いた様子でそう聞き返した。


    「……悠一郎君には関係ない。」


    「おいおいそんな事言うなよ〜俺達の仲だろ?で、誰なんだよ、それくらい教えてくれてもいいだろ、なぁって、なぁ。」


    悠一郎は笑いながら擦り寄ってきて肘でツンツンと恵理の身体をつつきながら冷やかすように聞いてくる。

    悠一郎に触れられて一瞬ドキッとしながらも、恵理はそんな悠一郎を撥ね(はね)返す。


    「もうっ!悠一郎君には関係ないって言ってるじゃない!」


    「わ、分かった分かった、そんなに怒るなって。恵理って酔うと怒りやすくなるんだっけ?」


    「悠一郎君が執拗いからよ。」


    こうやって強く突き返さないと悠一郎は無邪気に恵理の心を掻き乱すから、恵理はこうするしかないのだ。

    しかしそれでも悠一郎はなかなかその話題を終わらせてはくれなかった。

     

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